電車男 ★★★★☆

Ura2005-08-19


遅ればせながら、「電車男」を観てきた。
面白い面白いと巷の評判だったこともあり、ネットにて物語が進行していたときも、それが出版されて本になったときも、そしてドラマ化されたTV版にもまったく興味が湧かなかったのだが、映画は観たいと思っていたのだ。


ところでこの映画の面白さとはなんだろう。
山田孝之演じる「電車男」が秋葉系のオタクから普通の男の子に変身し、「エルメス」という美しき彼女を手に入れるまでの、いわゆるシンデレラストーリーじゃないことは明らかだ。
だって原作では知らないが、いかにオタクの格好をしようとも、山田孝之の顔を覗き込めば、その端正な顔の造作は明らかだし、電車で酔っ払いの男に絡まれた女性を助ける勇気を振り絞ることが出来たのは、ほかでもない彼自身なのだ。そんな男の子が綺麗な女性と付き合うことになることについては、それほど不思議ではない。
それでは一体なにがそんなに面白いのか。
それはおそらく、2チャンネルを中心とした独特なネット文化を映像のもとに引きずり出したことによって、世界中にあふれている人間恐怖症、あるいはコミュニケーション恐怖症ともいえるような人々に焦点をあてたことじゃないだろうか。
この映画では「電車男」以外にも、彼と彼の恋をネット上で応援する人々にも焦点があてられているのだが、この人たちはいわゆる「普通の(格好をした)人」でありながら、それぞれは引きこもりであったり、過去の恋に縛られて身動き出来なくなっていたり、夫婦同士なのにまったく口をきかずにお互い別々のパソコンに向かってばかりいたりするのだ。
これは果たして「普通」だろうか。
多分、普通なのだ。
こういう人たちが現代には想像以上にたくさんいるのだろうと思う。
そして彼らが作中で「電車男」の恋が成就するのを見るにつけ勇気づけられたように、本作を観て同じく力を得る人たちがたくさんいるのじゃないかと思う。


それと、本作は大いなるマザコンの物語でもある。
電車男」を演じる山田孝之がいやに若く見えることも一つの要因だろうが(作中では22歳の設定)、隣に並ぶ「エルメス」こと中谷美紀が実際以上に年上に見える。
その上、このエルメスという女性はすべてにおいて電車男を許し続ける存在で、電車男がはじめて彼女に電話をかけ食事に誘う折にしどろもどろになろうとも、デートの途中でパニックに陥り、一人で勝手にネットカフェに入ってしまおうとも、変わらぬ聖母のような微笑をしているのだ。
これはつまり、何でも許してくれる母親像なので、エルメスは理想の恋人でありながら最高の母親という、マザコンの気のある男性の夢のような存在なのだ。
しかしそう考えると、山田孝之演じる「電車男」よりもどう見ても一回りは年上に見える中谷美紀の存在もしっくり来ようというものではないか。
そもそも「電車男」の物語自体が男性側からの見果てぬ夢とでも呼ぶべき理想に溢れているのだから、その物語のヒロインが母親でもおかしくはないのかもしれない。
なにしろ、男性は古代ギリシャの昔から母親の後姿を追いかけ続けてきたのだから。


ま、こんなような理屈をつけずともリラックスして楽しめる本作。
監督はテレビ出身の人らしく、改めてテレビの元気さを見せ付けられたような感じ。
こうやって日本映画がどんどん活性化して行って良い作品が生まれればいいと思います。