BOBBY

Ura2007-03-31


亡きロバート・ケネディ議員が大統領選挙の途中、志半ばにして凶弾に倒れた一夜を描いた映画。
脚本と監督をつとめたエミリオ・エステベスは、本作準備のために、五年間もの間、ほぼ失業状態でこの映画の準備をし、彼の友人であるクリスチャン・スレーターや元婚約者のデミ・ムーアなどがノー・ギャラで出演している。


それにしても、一人の人間の存在が、あれほど大きな希望と絶望の両方を、しかも一瞬のうちに、与えることが出来るだなんて、恐ろしくも、すばらしくもあることだ。
ロバート・ケネディ議員が大統領戦に出ることにより、アメリカ中が、彼の兄ジョン・F・ケネディが大統領になったときに抱いたのとまったく同じ希望を、今一度抱いたことだろう。
しかし、そのアメリカが見始めていた夢は、一人の人間の凶行によって、またしても打ち砕かれることとなってしまった。


映画評論家の町山智浩氏によれば、これほどすばらしい映画についてのコラムも、ある一誌をのぞいては、殆ど顧みなかったそうである。
確かに本作は、市場でもろ手を挙げて歓迎されるような類の映画ではないかもしれないが、どんな壮大なドラマよりもさらに大きなドラマを生み出した一夜を完璧に描き出したこの映画を、見逃してしまうのは、誰にとっても大きな損失となりうるだろうと思う。

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追記:
この映画は群像劇なのだが、その中の一つにアンバサダー・ホテルの厨房で働くメキシコ人のエピソードがある。


彼はメキシコ人であるが故に、なんの知らせもないまま、勝手にダブル・シフトを組まされたりしており、その劣悪な労働条件に憤慨していた。
そして、ホテルにボビー(ロバート・ケネディ)がやってくる夜のこと。
この夜も彼はダブル・シフトを組まれており、父親を連れて行こうと思っていたドジャース戦のチケットを無駄にすることとなってしまう。
そこで、話を聞きつけた黒人のシェフがやってきて、チケットを譲ってくれという。


奇しくもその夜は、ドジャースの主砲選手が記録を更新するはずだという、記念すべき夜。
シェフは満面の笑顔で、この記録が破られるのは何十年かぶりなんだと興奮気味に話し、そのシェフの笑顔がメキシコ人の心をふとほぐした。
彼はそのチケットを無料でいいと申し出た。
おそらくは、自分と同じ記録とドジャースへの情熱をシェフの中に見、嬉しくなったのだろう。
自分のかわりに試合を観に行ってくれるのなら、彼がいいと。
するとシェフは厨房の壁にマジックペンでさらりと書く。

「once and future king」


アーサー王の伝説をひきながら、出生によってではなく、自分の力で王冠を手繰り寄せた若き王はきみなのだと言う。
彼はうやうやしく腰をかがめ、まるで本物の王様に向かってするかのようにおじぎをし、「ありがたき幸せ。心してこの申し出を受けさせていただきます」といったようなことを言いながら、チケットを受け取った。
この場面ではなぜか、涙が出そうになるほど感動してしまった。


この時代、マイノリティであることを呪いたくなるほど(今よりもはるかに!)蔓延していただろう差別と、それ付随する劣悪な労働条件。
それらすべてを払拭するほどの希望を、このローレンス・フィッシュバーン演じるシェフは、魔法のように生み出して見せたのだ。
それはまさに、それを目撃できたことを感謝したくなるほど鮮やかで見事な魔法としか言いようがなかった。