金原ひとみなど

Ura2005-08-17


風邪で寝込んでいる間に比較的たくさんの本を読んだ。
テレビを観ずに済むというだけでも、風邪をひく甲斐があると思ってしまうほどだ。
ちなみに一週間弱の間、パソコンにもほとんど触らなかった。
パソコンを全然使わないというのはよかった。
パソコンなんか全然使わなくても結構生きていけるのだ。

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金原ひとみ著  「AMEBIC」

結構面白かった。
この本を読んだ時点では、同作家の作品は「蛇にピアス」しか読んでなかったのだが、それから比べると飛躍的に筆力をつけているなあと感じる。
特に主人公の女性が恋人の婚約者になりすますくだりが面白い。
恋人にはパティシエの婚約者がいるのだが、主人公はタクシーに乗るたびに、運転手に向かってパティシエのふりをする。
会話が弾めば、「婚約者」である恋人のことまで色々話し、最終的には運転手の「お幸せに」という声に励まされて下車することになる。
そしてそういう行為をしている最中の彼女が心底幸せを感じているというのが本当に怖い。
なんか、人格の境界線を殆ど踏越えてるなあと思う。

主人公が人格の境界線を行ったり来たりしていることはそれ以外にも、錯乱したときに書いているらしい「錯文」からも窺い知ることが出来る。
酒を飲みすぎて記憶を失った翌朝などにパソコンに残っているこれらの文章の断片は、その殆どがまったく意味をなさないものである一方、主人公の人生で最も意味があるもののようにも思える。
一言で言うならば、主人公は自分の恋人が他の女性と婚約していて悲しいのだ。
しかし「悲しい」という言葉一言では語り尽くせない葛藤や困惑、躊躇などが勿論その裏には存在し、そういった感情の存在が「錯文」によって饒舌に、しかしまったく形を変えて語られている。
そしてこの「錯文」の一つである「AMEBIC」を介して、意識を失っているところの主人公が恋人とつながりを求めようとして、勝手にこの文を送ってしまうところがまた象徴的である。


ところで主人公がなりたくてなりたくて、でも叶わないという憧れの存在、「恋人の婚約者」は作品中、殆ど不在である。
話を読みすすめるうちに、もしかして「婚約者」なんて人はそもそもいないのでは?と思い始める頃に登場し、そしてこの人がまた恐ろしい提案をするのだ。
パティシエの彼女になりたくて毎夜ケーキを焼き(ケーキなんて嫌い。というかそもそも食事自体をしないにも関わらず)、焼いてはことごとく潰すという行為を続ける主人公の姿は、その時点でいいようもないくらい惨めになってしまう。
なにしろ、憧れの存在であったところの女性が、主人公が憎み軽蔑する世界の中心人物のような存在であったのだから。


なにしろ、この作品は一言では語りきることの出来ない面白さに満ちている。
この作家はこのまま行けば、これからもどんどん興味深い世界と作品を提示してくれるだろうという頼もしい期待を込めて。


それにしても、うら若き女性がデコレーションケーキやらチーズケーキやらといった、甘ったるいお菓子を作っては保存、保存しては叩き壊すというイメージが本当に魅惑的だ。
わたし個人は大!の甘党だが、ラテックスの手袋をはめて生クリームやらスポンジやらを手のひらで潰すことが出来たならと思うと、なんとなくうっとしてしまう。
それは多分、甘いものを食べるのがいかに好きだろうと、最後は胃がくちくなって苦しくなってしまうからなんだろうなあ。
代償行為としての破壊?かな?もしくは破壊への欲望?



AMEBIC

AMEBIC

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金原ひとみ著  「アッシュベイビー」

「AMEBIC」があまりにも面白かったので、続けて読んだ本作。
はっきり言って、読んでいてこれほど不快な作品も珍しい。
その不愉快さというのはしかも多岐に渡っていて、金原ひとみの作品に多く見られる身体的な顕示欲、肥大したエゴ、行き過ぎた小児愛、暴力、罵詈雑言などなど。
読んでいてこれほど吐き気を催させるような作品も珍しい一方、この作品は妙に小さくまとまった印象があるのも事実で、小さな白い枠の中で一生懸命その暴力性を煽り立てようとしているというようなイメージがついてまわる。
これは理由のない暴力とセックスが延々と続く小説としては稀な特色じゃないのだろうか。
羽ばたこうとして羽ばたくところまでいってないとでもたとえるべきか。
なににしても、これほどの暴力と性描写をふりまく意図が不明。
しかしこの作品の後に「AMEBIC」が出てきているのだから、おそらくは必要な途中経過だったのかもしれないという気はする。

アッシュベイビー

アッシュベイビー

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ロジェ・ヴァディム著  「我が妻バルドー、ドヌーブ、J・フォンダ」

我が妻バルドー、ドヌーブ、J・フォンダ

我が妻バルドー、ドヌーブ、J・フォンダ

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よしもとばなな、パトリス・ジュリアン著  「News from Paradise―プライベートフォト&エッセイ」

News from Paradise―プライベートフォト&エッセイ

News from Paradise―プライベートフォト&エッセイ

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ジョン・アーヴィング著  「第四の手」

第四の手

第四の手