世界一頭が良くなりたい!

「驚異の百科事典男―世界一頭のいい人間になる!」
という本を読んだ。
タイトル通り、
世界一頭が良くなりたくて、百科事典をAからZまで読み通すことを決意した男の話なのだが、
実はその決意の裏には父親の知性と頭脳に対する嫉妬や羨望、
そしてコンプレックスなどが裏返しになっていたりすることが、
物語を読み進めるうちにわかってくる。

それにしても、知性というのはなんとも厄介なものだ、
ということが、この本を読むとつくづくわかる。
主人公のAJは百科事典を読むことによって、自分の知識がみるみるうちに増えてゆき、
自分の知性に対する自信を深めていくわけなのだが、
百科事典数百ページ分の知識は明らかに彼という人間をも変えていくわけだ。
というのは、彼は事典で得た知識を他人に披瀝せずにはいられない。
パーティーに行けば、そこで薀蓄を語り、同席者をうんざりさせる。
そして、百科事典を読むことを生活の優先事項においているため、
妻を放っておくことも多くなってしまう。

一体、知性というのは、そこまでして得るべきものなのだろうか。
というか、
そもそも知性というものは、どういった定義をされるべきなのだろうか。
AJが作中でそう指摘されるように、
知識の多さが知性をはかるわけではないのだ。

とはいえ、
この本は面白かった。
かく言うわたしも、この本で得た雑学を家に披露したりして楽しんだのは事実。
ある夜テレビでやっていた「ドリトル先生」を観て、

ドリトル先生」って、第一次大戦中、塹壕の中で書かれたらしいよ。
そこで書かれた物語を、本国イギリス(確か)の自分の子供たちに送ってたんだってさ。

などと言ってしまっていた。
要するに
仕入れた知識というのは、口にせずにはいられない類のものなのだろう。
そして
アウトプットによって、知識は脳みそに定着するのだから、
ますます手におえない
というしかないではないか。

驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!

驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!