アフターダーク

村上春樹の新作「アフターダーク」を読む。
まだ一通り読んだだけなので詳しいコメントは控えるが、ざっと読んだだけで、前作までとは雰囲気も語り口も随分違うのがわかる。
一つには、語り手が「僕」ではなく、ただの「視点」ということである。
そこには任意の意思が存在するかもしれないが、実際にその意思は現実的な力をまったく持たず、単に物語を見守る役割しか持たない。
これは今までの村上氏の作品からすると随分と急激な変化のように思われる。

もう一つは、救済が実際に行われていると言うことである。
主人公のマリは幼い頃から美人の姉に対するコンプレックスを持ちながら育っていたが、実際には美人でモデルをしていた姉のエリこそがマリに対してのコンプレックスを持っていた。
と言うのは、エリは生まれついての美しさを持っていたが故に、周囲の期待に応えずにはいられないという性格を形成してしまったのに比べて、マリは自分のペースで生きていけたからである。
二人のその性格の違いはやがて、無の世界(そしておそらくは邪悪な力の働く世界)に飲み込まれそうになり、二ヶ月間も眠り続けることになってしまうエリと、それを救い出そうとするマリという違いに発展する。
つまり、マリがエリを救済しようとする行動力こそが、これまでの村上春樹世界とは違っている点なのである。
前作までは、(主に自分を)救済しようとしてしきれない主人公を描くことの多かった村上春樹作品なのだから。



ところで、今日うれしいことがあった。
殆ど心の友とも呼んでしまいたいほどの友人と夕食を共にしたのだが、その時彼に、「アフターダークのあの寝ている女の子(つまりエリ)の部分を読んだときに、真っ先にきみのことを考えた」と言われたのだ。
ある意味賞賛であり、ある意味深いところをついているような、そのコメント。
ずっと忘れずにいようと思います。
この一言は殆ど、誕生日プレゼント並にうれしかったかも。